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堀江しのぶのプロフィール
関連項目 来歴・人物
市邨学園高蔵高等学校(現:名古屋経済大学高蔵高等学校・中学校名古屋経済大学高蔵高等学校)在学中の1983年(昭和58年)、クラリオンガールコンテストで平凡パンチ・アイドル賞を受賞しイエローキャブ (芸能プロダクション)イエローキャブに所属。グラビア・ドラマ・バラエティーなどで、芸能界において各分野で活躍。翌1984年(昭和59年)「ビキニ・バケーション」でアイドル歌手としてもデビューした。
しかし、1988年(昭和63年)前半頃から腹痛や食欲不振などで体調を崩し、4月8日に緊急入院。その時点で、既に末期の「胃癌スキルス性胃がん」が卵巣にも転移しており(後に卵巣を全摘)、余命数ヶ月と診断されたが、本人には「卵巣嚢腫」とだけ告げて本当の病名を伏せていた。それから約5か月後の1988年(昭和63年)9月13日、わずか23歳の若さで逝去。最期の言葉は「わたし…仕事がしたい…」だったという。
生前は礼儀正しい人柄と性格の良さにおいても評判が高かったこともあり、彼女の夭折は故人の関係者やファンだけでなく、芸能界全体にも多大な衝撃を与えた。大の親友同士でもあったマリアンは彼女の死に涙にくれ、親子のように交流を持ち、他界直前に実姉をガンで亡くしていた横山ノックも、参列した葬儀の席で「ガンが憎い」と悲嘆したという。戒名は麗光貞忍大姉。
死後も、イエローキャブの社長・野田義治(現・サンズエンタテインメント社長)は、かとうれいこ、細川ふみえ、雛形あきこ、山田まりや、MEGUMI、小池栄子、佐藤江梨子といったアイドルタレントを世に送り出した。
エピソード
1986年(昭和61年)夏頃、当時まだ存在していた後楽園球場で、「ビートたけしのスポーツ大将」の野球の撮影のハーフタイムで歌を披露した事がある。
堀江しのぶ「最近の娘」
南野陽子「さよならのめまい」「風のマドリガル」等
八木さおり 「瞳で片想い」
幼少時より麻丘めぐみの大ファンで、彼女に憧れて芸能界入りしたという(みうらじゅんの著書『みうじゃん』における対談より)。なお、堀江と麻丘は1987年(昭和62年)、TBS系ドラマ「すてきな三角関係 壁際族に花束を」で共演を果たすことになる。
出演
映画
ザ・サムライ(1986年、東映)
愛しのハーフ・ムーン(1987年、日活)
クレージーボーイズ(1988年、松竹)
テレビ
ドラマ
さよならを教えて(1984年、TBSテレビTBS)
毎度おさわがせします(1985年、TBS)- 大沢理恵 役 ref板東英…
