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太地喜和子のプロフィール
来歴・人物
「太地」は南紀の姓で和歌山県東牟婁郡には太地町もあるが、父親は同県新宮市の出身ref『この人に聞く1』p.28-29(学生社、1987年)refref name"フォーカスな人たち"『フォーカスな人たち』p.210-241、472ref。太地喜和子は東京都中野区の生まれ、東京育ちref『欲望という名の女優』p.160-165br 『太地喜和子伝説』p.25br 『ぴあシネマクラブ 日本映画編』p.707(ぴあ、2006年)refref name"日本映画俳優全集"『日本映画俳優全集・女優編』p.389(キネマ旬報社、1980年)refref name"フォーカスな人たち"。
太地は自身の出生について「自分はさる事情から、生後すぐ実母との別離を余儀なくされ(親が!--ひとかどの--名士で子がなかった)、養父母の元に引き取られたと高校在学中に知った」と談話している。太地の実母については、某有名人ら数名の名が取りざたされたこともあるが、詳細は不明のままである。ただし、太地の母はこのことを強く否定している。太地特有の考えによる狂言の可能性もある。
新宿区立牛込仲之小学校~千代田女学園中学校・高等学校千代田女学園中学校卒ref name"日本映画俳優全集" 。松蔭中学校・高等学校 (東京都)松蔭高等学校在学中、東映6期ニューフェイスオーディションに合格。同期には千葉真一・亀石征一郎・真山知子・茅島成美・新井茂子らがいる。東映と専属契約し、当初は志村 妙子(しむら たえこ)という芸名で映画に端役で出演していた。1962年高校卒業後、翌1963年東映と解約。1964年劇団俳優座俳優座養成所16期生入団、同期に前田吟、村井国夫がいた。
『欲望という名の電車』の杉村春子の芝居に衝撃を受け1967年文学座に入団したrefhttp:www.ntv.co.jpdoncontents0320110319921013.html きょうは何の日ベストセレクション「太地喜和子さんが亡くなった日」(1992年10月13日)ref。同年、日活映画の『花を喰う蟲』に主演。その演技を新藤兼人監督に認められ1968年『藪の中の黒猫』に抜擢されると、全裸もいとわぬ熱演で一躍有名になったref name"日本映画俳優全集" 。舞台女優として『欲望という名の電車』、『近松心中物語』、『唐人お吉』などで杉村春子の後継者としての期待が高まり、実力派として活躍した。テレビドラマでも『白い巨塔 (1978年のテレビドラマ)白い巨塔』の花森ケイ子役などを好演している。
私生活では、俳優座養成所時代からの同期だった秋野太作と1974年に結婚するも、短期間で離婚。その他三國連太郎、中村勘三郎 (18代目)中…
